《Interview》食品ジャーナリスト 一般社団法人加工食品診断士協会 代表理事 安部 司さん
Wholefood Interview
食品ジャーナリスト 一般社団法人 加工食品診断士協会 代表理事
安部 司さん
− 日本の食卓を復活させる、魔法の調味料 −
| 安部 司プロフィール |
70万部『食品の裏側』著者、「無添加の神様」とも呼ばれる。
1951年、福岡県の農家に生まれる。山口大学文理学部化学科を卒業後、総合商社食品課に勤務する。退職後は、海外での食品の開発輸入や、無添加食品等の開発、伝統食品の復活に取り組んでいる。NPO熊本県有機農業研究会JAS判定員、経済産業省水質第一種公害防止管理者を務めつつ、食品製造関係工業所有権(特許)4件を取得。開発した商品は300品目以上。一般社団法人加工食品診断士協会の代表理事。
2005年に上梓した『食品の裏側 みんな大好きな食品添加物』(東洋経済新報社)は、食品添加物の現状や食生活の危機を訴え、新聞、雑誌、テレビにも取り上げられるなど大きな反響を呼んだ。現在70万部を突破するベストセラーとなり、中国、台湾、韓国でも翻訳出版されている。その他の著書に『なにを食べたらいいの?』(新潮社)、『食品の裏側2 実態編 やっぱり大好き食品添加物』(東洋経済新報社)、『「安全な食品」の見分け方 どっちがいいか、徹底ガイド』(祥伝社)などがある。
『世界一美味しい「プロの手抜き和食」安部ごはん』(東洋経済新報社)
安部司【著】タカコナカムラ【料理】
https://wholefood.thebase.in/items/50727301
『料理をするイメージがない』
メディアで活躍する食品ジャーナリスト、ベストセラー著者としてのイメージからか、そう言われることもよくあるという。
安部司さんが食品業界に入って48年、1人1人に語りかけ、教え、地道に行ってきた食育活動や親子教室。そして、8月に上梓した自身初のレシピ本『世界一美味しい「プロの手抜き和食」安部ごはん』は、15年間に渡る膨大な食のリサーチと、家庭料理と真剣に向き合い続け生まれた渾身の一冊だということをご存知だろうか。
『世界一美味しい「プロの手抜き和食」安部ごはん』(東洋経済新報社)は、発売した途端に部門別のAmazonベストセラー1位となり、初版1万部が完売。発売わずか10日足らずで増刷が決定となった。数多あるレシピ本の中でこの強烈な反響は、おいしい和食を作りたいと思う人々の切なる願いや悩みに応えている証に他ならない。
安部司さんの直近の5年間は、様々な土地で食育活動を行う日々だったという。そんな中、ある保育園での講座で衝撃的なシーンを目にする。
「5歳くらいの男の子がね、手作りの温かいおにぎりを生まれて初めて食べたと言うのです。『おにぎりってこんなにおいしいんだね』と感動しているのを、保育士さんが『よかったね』と言って抱きしめて泣いていました。ショックでしたね。家庭で料理をしない、手作りのご飯を食べていない、そんな実態を目の当たりにしてきて、危機感を持っていました。
一方で、野菜を食べない子が、ごまドレッシングや和風のノンオイルを自分で作らせると、野菜をちゃんと食べるのです。ピーマンも、有機のものなら1ミリくらいのスライスにすると食べます。家庭で料理を作って食べる、そのきっかけになるものを作りたかったのです」
いつの頃からだろうか、和食は難しいと思われるものになってしまった。多くのお母さんたちは和食を作りたい、作らないといけないと思ってはいるが、苦手意識が根強いようだ。
この本を一番手にとって欲しいのは、プレッシャーに悩んでいるお母さんたちです、と安部さんは語る。
大切なのは、料理を楽しむこと
「料理をしなければならない、頑張らねば、とプレッシャーを感じているお母さんたちがいかに多いか。料理に使命感とか子供に愛情をとか、そんなことを考えるから悩んで挫折してしまうのです。現代は、添加物は良くない、子供が加工食品でどうなったなど情報がどんどん入ってくる。しかし、『料理を作らねば』のプレッシャーが強いあまり、『私は忙しいから、出来合いの惣菜を買うのは仕方がない』と正当化する方に行ってしまいます。
一番大切なことは、料理を楽しむことです。この本には、毎日一汁三菜を作りましょう、なんて一言も書いていません。悩む時間があったら一度、だまされたと思って『かえし』を作ってみて欲しい。牛丼もすき焼きもおいしく、かえしだけで100種類くらいの料理ができますよ」
この本が、世の『時短』『手抜き』レシピ本と一線を画すのは、日本が誇る伝統調味料から作る5種の合わせ調味料“だけ”で、本格的な味のおいしい和食を、誰でも失敗なく作れるということ。
この『魔法の調味料』と評される合わせ調味料には、安部さんならではのある工夫がなされている。
「7割完成」の調味料こそ、家族が料理を楽しめる秘訣
「かえし、みりん酒、甘酢、甘みそ、たまねぎ酢、この5つの合わせ調味料は、あえて『7割まで』にしています。かえしにニンニクとショウガを入れたら焼肉のタレになったままだし、かつお出汁を入れたら和風にしか使えません。アレンジがきくように7割で止めておくのです。
玉ねぎ酢は、オリーブオイルとブラックペッパーでフレンチドレッシングにもなります。甘みそは、八丁味噌を使えば味噌煮込みうどんができ、唐辛子を入れるとコチュジャン風、ごま油を入れれば甜麺醤のようになります。
焼肉のタレも、お父さんはニンニクやショウガに甘みそ、ごま油を入れてこってり、お母さんは甘酢を入れてさっぱり、子供はすり下ろしたリンゴを入れたりと、家族の好みでアレンジも楽しめます。7割で止めておくからこそです。そうすると、無駄な出来合い調味料を買わなくなりますよ」
始まりは“パパ調”
「元々この合わせ調味料は、愛する家族のためにパパが作っておく便利調味料、略して、“パパ調”と呼んでいました。この本の構想段階で“パパ調”をイメージしていましたから、レシピはパパも作れる料理ばかりです。
この本を読んで、かえしで豚の生姜焼きを作ったら10分足らずでおいしくできたと喜んでいたお父さんがいましたね。パパが作る間に子供がごまドレッシングを作って、ママがお味噌汁を作ったそうで、ほら、もう一汁三菜です。料理は家族みんなで分担すれば良いのです。
そしてたまには、お母さんには席に座ってもらって、子供と一緒に居酒屋ごっこをしてみたら良いです。お父さんがメニューを考えて、子供が『注文ありませんか?』とお母さんに聞く。こんなことを半年に1度でもやってみてください」
この『安部ごはん』のレシピは、材料2〜3種のものも多く、所要時間10分程度、”~だけ”、という言葉が並ぶ。家族全員の背中をそっと押しているのだ。
本当に教えたいのは、勘と味見
「この本には書いてはいませんが、覚えて欲しいのは、勘と味見です。料理が難しいと言う人は、見ていると全然味見をしていません。すると味覚が育たず、こういう時はこれをするという勘が働きません。ですから、親子教室では調味料を加えるたびに10回くらい味見をさせますよ。特に、味の仕上げに塩の使い方を教えます。
体験しておいしくて楽しくて、お金もかからないと分かれば、市販のドレッシングにどうして逆流するでしょうか?子供がおいしかったねと言うと、お母さんは励みになるからまた頑張れます。パパはおいしいと言われるとすぐ調子に乗りますから、『良いものじゃないと料理出来ない』なんて言って、ママは気が引けるくらいの値段がする良い調味料をどんどん買ってきますよ(笑)」
「お母さん、ごめんなさい。ありがとう。」
「先日出演したテレビ番組で、自炊ゼロ・毎日外食派というタレントは、『料理にムダな時間を取られずに、自由な時間を作る』と言いました」
著書『なにを食べたらいいの?』の最後に手紙が紹介されている。それは、講演会を聞いたという中高生から寄せられたものだ。
ある中学生の女の子は、お母さんの手作り弁当を毎日学校に持っていっていたのですが、弁当の色が悪いので、みすぼらしい気がしていつも引け目を感じて隠して食べていたそうです。見た目が気になる年頃ですから、一年もの間、恥ずかしいからと弁当のフタで半分隠しながら、地味な色の順におかずを食べていたといいます。友達のお弁当は、派手で豪華に見えたからです。その子が講演会で、タクアンをきれいに真っ黄色に染める実験を見ます。この子も気づいたのです。冷凍商品や着色料を使った食品を入れていないから、お母さんのお弁当は色が悪いのだ。そして書いてきてくれた言葉が、『お母さん、今までごめんね。そして、ありがとう』
(「なにを食べたらいいの?」より抜粋)
「1時間かけて作って食べるのが10分。料理という非効率なことをやってくれていることに気づいた子供は、『うっせえ、ババア』なんて、お母さんに対して言うわけがありません。人をいじめたりするわけがない。みんなに生かされているからと、みんなのおかげだと分かっています」
料理をしないこと、外食ばかりすること、添加物入りの加工食品を食べること。安部さんは『それは良くない、止めなさい』などと、決して否定をすることはない。その代わり、それはどういうことか?を考えるきっかけを与える。その食品がどうやって作られているかを教え、人の心に語りかけることで、人は自分で気づいていく。気づいた人は『ありがとう』の思いとともに、変わっていくのだ。
日本の食卓を復活させる!
「日本は変わりますよ。日本の食卓を復活させる!これは、15年間ずっと考えてきたことです。それには、レシピだけではありません。どうしたら1時間をかかることをあっという間に1時間と思えるようになるか。それを当たり前にできるか。
そのために、楽しい!おいしい!というのは絶対のモチベーションになります。子供やパパが喜ぶ声を覚えたら、1時間なんてすぐ経つでしょう。私はそこに持っていきたいのです。この本で、家庭の食卓を、そして日本の食卓を取り戻すのです」