《Interview》中定商店6代目当主 中川安憲さん

Wholefood Interview

中定商店6代目当主

中川安憲さん

− 140年の伝統を進化させてきた、豆味噌・たまり醤油作り −

 

|  中定商店の歴史  |

愛知県知多郡武豊町で明治12年創業、国産丸大豆使用、木桶3年天然醸造のためうま味が大変多い豆味噌とたまり醤油をつくり続ける。

昭和62年中定商店の味噌、たまりの歴史と現在の醸造方法を学べる資料館「醸造伝承館」を開館。平成14年麹造りからの一貫生産の復活、平成16年より手作り味噌教室を開催。平成16年及び平成21年全国味噌鑑評会にて農林水産省総合食料局長賞、また平成31年に愛知県味噌溜醤油工業協同組合の品評会で愛知県知事賞の受賞。

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6代目当主 中川安憲

昭和41年名古屋市生まれ、平成11年中定商店に入社、平成14年より現職

「明治12年(1879年)、豆味噌、たまりの醸造蔵として創業しました。順調に出荷が増えて東海3県で展開し、愛知県で3店舗ほどの店舗を構え、昭和12年くらいまで出荷量を伸ばしていました。しかし、第二次世界大戦を迎えて原料不足になり、出荷ができなくなってしまいます。戦後、製造再開後は世の中の流れで脱脂加工大豆を使った時期もありましたが、現在ではより自然な100%の国産丸大豆を実現することができています。

また、麹を作るのを止めていた時期がありましたが、6代目当主として就任し、麹から一貫して生産するという体制を復活させました。

「三河醸しツアー」の映像で紹介している麹作りの場所は明治時代に使われていた方法で、現在は、麹室(こうじむろ)という麹を作る部屋を設けて麹作りをしています。」

大事にしていることは「原料はいいものを」「基本に忠実に」ということ、と話す中川さん。そして「最も気をつけているのは麹です」と力強い眼差しに。

「豆味噌、たまり醤油作りには、麹がとても大事です。大豆の麹というのは作るのがとても難しく、米麹や麦麹に比べて雑菌に侵されやすい一面があります。大豆に水を吸わせて作っていくのですが、水分が少しでも多いとうまくいかない。大豆を蒸した後に麹菌をつけて育てますが、空気中には納豆菌がいるので、より綿密にする必要があるのです。気が抜けず、常に見に行って状態を確認しています」

明治から続く伝統の豆味噌、たまり醤油の蔵元というと、代々伝承されてきた同じ製法で作り続けているのでは?と想像しましたが、意外にも飛び出した言葉は「試行錯誤」でした。

「麹造りの復活を考えた時、その当時を知る蔵人はすでにいませんでした。もちろん、受け継がれてきた書物はあり、どのような配合で作っているかは分かったのですが、戦争で失われてしまった部分もあるので、完全ではありません。また、実際の作業の仕方や昔は火鉢に使って温めていたことなど、現代では再現できないこともあるので、細かいところのノウハウは自分で見つけていくしかありません。

そこで、様々な蔵元をたずね歩き、同業者であるため通常では受け入れ困難な私を、多くの蔵元受け入れ、学ばせていただきました。おかげさまで、それぞれの蔵元の良いところを取り入れ、中定商店伝承の製法とさらに自分で考えて実践したことを融合させています。麹室などの設備もより良い物が出来るように作り変え、細かな工夫を凝らし年々改良もしています。試行錯誤の18年でした。今では発酵にかかわる微生物の働く環境を整えることがとても大事だとの考えにいたり、100年以上たつ土壁、木造、木桶の中でゆっくり自然のままに味噌とたまりを育んでいます」

 

味噌には、米味噌、麦味噌、豆味噌の3種類があり、醤油には、濃口醤油、淡口醤油、薄口醤油、たまり醤油、再仕込醤油(さいしこみしょうゆ)、白醤油の5種類があります。

豆味噌とたまり醤油の魅力をたずねると、中川さんはうれしそうに微笑みます。

「豆味噌の魅力は、何と言ってもうま味の濃さです。豆味噌はほとんどが大豆ですから、時間をかければかけるほど分解が進んでアミノ酸量と種類が増えるので、うま味が増すのです。多くの豆味噌の蔵元が2夏2冬のところ、さらにプラス1年したら、うま味がぐっと強くなると分かりました。2年はフレッシュな美味しさもあるので、その先は判断です。

一般的な味噌蔵は1年で出荷します。1年置くだけでも味噌仕込みの大きな木桶は場所を取るので大変なことで、豆味噌はその倍、うちは3倍。簡単なことではありませんが、1年伸ばしたらすごくおいしいなと自分の舌で感じたので、3年熟成にこだわっています」

「豆味噌は田楽のイメージがありますが、カレーやチャーハンにわずかな量を入れるだけでうま味が増します。魚とも相性が良く、魚のうま味に豆味噌のうま味が加わって、相乗効果が出てさらにうまくなりますよ。

米味噌は、ほとんどが味噌汁として使われている一方で、豆味噌は調味料として愛用されています。豆味噌は料理のレパートリーが増えていいね、とも言われたりしますね(笑)」

「たまりは、焼いた時に艶が出やすいので照り焼きに最高ですね。うま味の濃さも十分に引き出せるので、うなぎの蒲焼にはたまりです。うなぎ屋さんにも重宝していただいていますね。炊き込みご飯にもいいですよ。私は、餅にたまり醤油をつけて海苔を巻いて、というのが昔から大好きですね」

中定商店の6代目当主となった中川さんは実は跡継ぎではありませんでした。

ずっと心の中にあったのは、子供の頃の忘れられない、おいしい記憶でした。

「中定商店の長女と知り合い結婚することになりましたが、最初は違う仕事をしていました。ある時に先代から直々に話があり、「この蔵を続けていきたい、残したい。君がやらんか」と。

元々、中定商店の豆味噌は本当においしいな、と思っていました。その時に初めて、自分が継がないとこの味噌が無くなってしまうんだ、と。私たちのような小さな蔵元は、跡継ぎがいなければそこで廃業になってしまいます。

今でこそ濃口醤油が主流になっていますが、愛知の方で僕らくらいの世代ですと、かつては醤油と言えばたまり醤油でした。子供の頃からたまり醤油で育ってきたので、あのうま味の濃さが忘れられなかったのです。

このおいしい豆味噌、たまり醤油を残したい。その強い思いがあったので、継ぐことを決意しました。この味を届けることができれば、きっと皆さんが支持してくれるだろうと思ったのです。

今でも、私自身も仕込から味噌掘りまで全ての作業に関わっていますので、お客様においしいと言っていただけると、すごくうれしいですし、報われますね。当主となってから18年、多くのうれしいことを経験することができました」

中定商店の豆味噌作り、木桶の中の味噌掘りの貴重なシーンは「三河醸しツアー」の映像にも収録されています。

「タカコさん(タカコナカムラ)は、「三河醸しツアー」で、こちらまで足を運んでくださいました。いつも、豆味噌作りに対して、いつもとても熱心に聞いてくださって、膨大な質問をいただくこともあります。とてもメールでお返しできないくらいの量なので、お電話でお話しすることが多いですね(笑)

「三河醸しツアー」の撮影の際も、味噌を掘るところも見てみたいとおっしゃって、普段はお見せしていない味噌掘りまで見ていただきました。その探究心は本当に素晴らしいなと思いますし、生産者のことをより詳しく知りたい、豆味噌のことをもっと知りたいという気持ちを感じます。作り手としてはとてもうれしいことですね」