《Interview》この指、止まれ! 在来種を守る伝道師 “種とりおじさん”

インタビュー

「ホールフードなひと。」vol.25

高木 幹夫(たかぎ みきお)さん

―この指、止まれ! 在来種を守る伝道師 “種とりおじさん”― _大根と
   
名古屋市出身。知多半島全域を管内とするJAに入組。生産から販売までの一貫業務を担当し、直売所の立ち上げや地域農業振興計画の作成に寄与。2008年7月に東海地方初の野菜ソムリエ最高峰「野菜ソムリエ上級プロ」を取得。フードコーディネーター、調理師などの資格認定を受け、2012年8月に『あいち在来種保存会』を発足。自ら採取作業に従事しながら、愛知県の伝統野菜保全に取り組む。各分野での執筆活動をする傍ら、さまざまな食関連産業への指導、6次産業化認定委員や専門学校・各大学の外部講師を務める。

 

今回、『あいち在来種保存会』の立役者であり、テレビでは「種とりおじさん」のニックネームで人気の高木幹夫さんにZOOMインタビューさせていただいた。高木さんは、難関で知られる野菜ソムリエの最高峰・「野菜ソムリエの上級プロ」を取得し、自ら種とりをしながら在来種の魅力を伝えられている注目のヒトだ。8月10日(水)には、ホールフードスクールでイベントを開催予定とのこと。ひと足先に、『あいち在来種保存会』の活動内容をはじめ、今後の日本が抱える食の問題についてお話を伺った。 *** 「これ何だか分かりますか?」 高木さんが取材時にご用意くださった大きな野菜。愛知の在来種を代表する縮緬カボチャだ(ZOOMでの一場面を撮影)。 高木さん顔写真 *** いま、ご紹介いただいた「縮緬カボチャ」をはじめ、あいちの在来種は本当に個性豊かですね。高木さんが、地元の在来種を残そうと思われたのは、いつ頃からなのですか?
もう40年以上経ちます。私は、知多半島全域を管内するJAに努めていました。その際、育ててきた地元の玉ねぎの種を採取するという仕事の一部を担当していました。しばらくすると農業協同組合が種を採っていても人件費や手間がかかるということで、種苗メーカーさんに依頼することになってしまった。その時、地元の知多半島で生まれた種が気になりましてね。この種をどうにかして残していきたいと思った。結局、最初は趣味ではじめたんです。
ご自身の趣味がきっかけとなって『あいち在来種保存会』まで、立ち上げてしまったというわけですね。
そうです。自分の趣味として在来種を残す活動をし始めて、『あいち在来種保存会』は、2013年7月に発足しました。この指、止まれ!方式で食に興味を持ってくれた人たちがどんどん集まってきた。メンバーには、地元で活躍されている和食の名店『一灯』の長田勇久さんをはじめ、西洋料理のシェフや料理人も多いですが、生産者や一般生活者など実に幅広い。中には、「あいち在来種保存会に入会したいのですが、手続きはどうしたらいいですか?」って、まじめに聞いてきてくれる方もいますが、名前と連絡先を教えていただいたその時から会の一員です。我々が守っている在来種や地元の食材に興味を抱いてくれることで、合格なんです。
それは、いいですね。会のメンバーでは、どのような活動をされているのですか?
主な活動は「食」のイベント開催です。コロナ禍でだいぶ見送っていましたが、今年は久しぶりに開催することができました。とにかく料理がすばらしい。『一灯』の長田さんが中心となって、お弟子さんやフレンチのシェフなど料理人だけで10人以上は集まります。食材は在来種の野菜はもちろん、地元食材を使ってフルコースを提供するのです。メンバーには、日間賀島の海の人もいますから、知多半島で採れた海の幸から、山の幸など豊かな食材が勢ぞろいします。会場は、日間賀島(ひばかじま)という愛知にある離島ですが、各自がフェリーに乗ってわざわざ島まで渡ってくれるほど。告知は一切していませんが、口コミであっという間に満席になります。
まさに地産地消ですね。美味しいものを介して、仲間意識を深められるだなんて理想的です。高木さんが活動を通して伝えていきたい在来種の魅力を教えてください。
よくネタでも話すのですが、野菜くさいんですよ。いまの野菜は、はっきり言って野菜くさくない野菜。ピーマンでも特有の香りを隠すように品種改良されていますから。子供専用のピーマンとか。苦みを抑えた品種が出ている。あとは、種がじゃまになるから、種ナシのピーマンとか。そういうのを「種難民」っていうんだけどね(笑)。いまは、スーパーの店頭に並んでいる野菜の90%以上がF1種(一代交配種)です。在来種は、季節に合わせて育つもの。日本には、春夏秋冬という四季がある。この野菜が採れるんだったら、春がくるんだな、とか。野菜や果物には旬の「走り」があって、「盛り」があって、「名残り」がある。それを知ることができるのが、在来種の魅力です。旬は、我々の豊かな食生活を育んでくれました。素晴らしい食文化を生んでくれた野菜に感謝です。
本当にそうですよね。日本が残してきた食文化には、その時期だけに採れる収穫物をいかに美味しく食べるか。先人たちが工夫を重ねてきてくれたものばかりです。いまはF1種がメインとなり、旬が分からなくなってしまいました。
冬にコタツへ入って食べるのはミカンではなく、スイカを食べるような時代になってしまいました。やはり、昔ながらの在来種で作った物凄く酸っぱいミカンを家族で頬張る。そんな光景は残していきたいのです。最近の食生活を振り返った時に、そろそろ「原点回帰」した方がいいと思っています。もう一度、元へ戻ろうよって仲間にも呼び掛けています。いま、コロナや戦争の影響などで野菜は高騰していますよね。いままでは、気候変動で野菜の値段が上がったことはありましたが、いまや有事で野菜が入ってこないということが起きています。これからの食を考えた時に、日本国内で何とかしなければいけないのではないか。その疑問は、私たち仲間が常に抱いている事柄の一つです。
来年には、コロナや戦争の影響で日本へ種が入ってこなくなるのではないか。そう心配されている方々もいるみたいです。
種苗メーカーさんにも種の入庫不安があるらしいです。季節ごとに出されているカタログのなかから消えてしまう品種も出てくるかもしれません。
もともと日本の食料自給率は低いわけですし、高木さんがおっしゃるおうに「原点回帰」をした方がいいですよね。われわれ生活者が、日本の食生活を見直す時期にきている気がします。
まさにそこなんですよね。野菜が値上がりしたとかで騒ぐのではなくて、もう一段階、足元をみるタイミングです。1次産業のさらにまた入口をみてもらえると、日本の食の未来が鮮明に見えてくるような気がします。私としては、やはり一般の方々にもっと在来種を知って欲しい。京野菜とか、加賀野菜とか、メジャーな野菜は皆さんご存じですが、愛知を含めて、ほとんど知られていない日本の在来的伝統野菜は数多くあります。そういう意味では、あいちの在来種の存在を伝えられる場をもっと作って仲間を増やしていきたいと思っています。
ご自身の畑では、いま何種類くらいの在来種を育てているのですか?
いまは、夏作で収穫できたり、もうじき食べられそうな作物がだいたい7~8種類くらいはあります。あとは、冬野菜の採種用が3種類くらい。種をとってしまったものもありますけれども。だいたい常時、10種類くらいはありますね。種をとることを目的としている野菜は、交配しないように1種類ずつ種をとっていきます。例えば、大根の種を残したいと思った時に、あいち在来種の大根は、宮島大根、方領(ほうりょう)大根、守口大根の3品種あります。今年は、方領大根の種を採ろうとした場合は、その大根しか花を咲かせません。他の種類の大根は、先に抜いてしまう。それで来年は、宮重大根にしようとか。次の年は、守口大根にしようかと決めて交互に種をとっていくわけです。よく在来種は特別な保存方法が必要ですか? と、聞かれますが乾燥剤と一緒にビニール袋に入れておけば3~4年くらいはもちます。畑に遊びに来た人や講座などに参加してくれた方に、種をあげることも多いです。
それは、最高のお土産になりますね。今度、ホールフードスクールのイベントで使う在来種は、先ほどご紹介いただいた縮緬カボチャと、天狗ナスだと伺いました。それぞれの特徴とおすすめの食べ方について教えていただけますか?
縮緬カボチャは、いい言葉を使うと、みずみずしくて甘さ控えめのカボチャです。一般の人が表現されるのは、「しゃびしゃびで全然、甘くないじゃん」です(笑)。皆さんがいま、食べているカボチャは交配されたF1種なので、ホクホクで甘い。西洋カボチャの味に慣れてしまっているんですよね。縮緬カボチャは、サイズも大きくて扱いにくいなどと言われますが、和のカボチャは、和食と最高に合います。縮緬カボチャは、自分を主張せずに、脇役へ徹してくれて他の食材を生かしてくれるんです。
 
天狗ナスは、一言でいうと大きい。私は、だいたい500g以上で収穫します。このナスは、いろいろな料理に合います。焼きナスにしてよし、煮てもよし、フライにしても絶品です。天狗ナスを見た人は、まずその大きさに驚かれて、次に美味しさに声を挙げます。ナスのトロと呼ばれるくらい、口の中でとろけます。
聞いているだけで食べたくなってしまいました。8月のホールフードスクールの企画は、その2種を使った料理コラボだと聞きました。
私が、在来種の講義をした後、その野菜を使った料理を召し上がっていただくことが出来ます。料理長は、「あいち在来種保存会」の仲間で、先ほどから話にでている『一灯』の長田勇久さんが担当してくれます。長田さんの腕にかかったら、さらに美味しい料理に仕上げてくれますので、楽しみにしていてください。
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高木さんにインタビューをさせていただき、海外で採種されているF1種ではなく、日本全国の在来種の野菜や果物があちこちのスーパーに並ぶことを願った。伝統野菜を守り、日本の食文化をつなぐ責任は、今この時代に生きている一人一人にある。それは、決して他人事ではないはずだ。世界情勢が不安定な状況でも安心して国内で食を賄える策を、我々は早急に考えなくてはいけないのではないだろうか。
取材・文/川越光笑(たべごとライター)